あの夜、私はバスの中で3回席を移動した。
乗り込んだ瞬間、テンションが上がった
ブエノスアイレスのレティーロ ターミナルから乗り込んだのは、夜の8時半。
バスに乗った瞬間、思わず声が出た。シートが、想像の3倍くらい豪華だったから。
ボタンを押すとリクライニングがゆっくり倒れていく。倒れる、倒れる、まだ倒れる。ほぼ水平になるんじゃないかというくらいの角度まで。頭の横にはサポートが張り出してきて、首がちゃんと固定される。カーテンを引けば半個室。コンセントもある。


「これは寝れる。14時間、余裕だ。」
そう思っていた。この時点では。
深夜、暖房が止まった
アルゼンチンの冬は本物だ。ブエノスアイレスの気温は5℃前後。ジャケットを2枚重ねで過ごしていた毎日だった。
乗車直後のバス車内は暖かくて、思わず1枚脱いだくらいだった。シートに包まれて、エンジンの低い振動を感じながら、すぐに眠れた。
深夜、目が覚めた。寒い。
最初は気のせいかと思った。でも違った。暖房の音がしない。体温が下がってきて、眠れない。窓側の席だったのが余計に堪えた。
まず、通路側の席へ移動した。外から入ってくる冷気を少しでも遠ざけたくて。
それでも寒い。
2階の前方に暖房の吹き出し口があることに気づいて、荷物を抱えて移動した。少し暖かかった。ようやく眠れると思った。
また目が覚めた。暖房が、止まっていた。
もう諦めて、全部の荷物を持って1階に降りた。1階の方がまだマシだった。「マシ」というだけで、寒いことには変わりなかったけれど。
毛布が欲しかった。カマエヘクティーボには毛布がつくと聞いていたのに、今回の会社にはなかった。軽食も、飲み物も。グレードの名前が同じでも、サービスは会社次第だということを、この夜に学んだ。
正直に言う。それなら安いバスでよかった、と思わなくはなかった。
メンドーサに着いた

14時間のはずが、50分早く着いた。
全然寝れていないのに、なぜか思ったより元気だった。着いた、という安堵感がそうさせたのかもしれない。でも体はちゃんと疲れていて、とにかく横になりたかった。
CouchSurfingのホストさんが、車で迎えに来てくれていた。
荷物を持ってくれて、家まで連れて行ってくれて、着いたら即席でタコスを作ってくれた。温かい食べ物が、疲れた体に染みた。
CouchSurfingを旅の中で使い続けていると、こういう瞬間が何度もある。無償のホスピタリティに、言葉が出なくなる瞬間。疲れていればいるほど、ありがたさが倍になる。あの時のタコスは、たぶんずっと覚えていると思う。

2日後、熱が出た
到着日と翌日は普通に動けていた。でも翌々日、39℃の熱が出た。1日だけ、どこにも行けなかった。
ホストさんと「世界が休めって言ってるんだよ」と笑いながら話した。長い旅をしていると、体がそういうサインを出すことがある。
旅は、想定外があって然るべき
高いバスにしたのに毛布もなくて、寒くて眠れなくて、熱まで出た。計画通りじゃなかった。
でもそれが旅だと思う。
想定外のことが起きて、その中で動いて、それでも着く。あの夜の3回の席移動も、ホストさんのタコスも、全部ひっくるめての旅だった。
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